猫は、人になつかないと思ってた。

 

そいつに出会ったのは本当に偶然で。

気分の浮かない雨の日に、街のちょっと洒落たパン屋でバゲットサンドとコーヒーを買って出てきたところだった。

そこに『そいつ』はいた。街灯の下の僅かな軒下に蹲って。

顔を上げると雨上がりの空色の瞳が覗いた。

俺は猫は犬みたいに尻尾を振ってついてこないからあまり好きじゃなかった。

けどその瞳が人を寄せつけないように振舞ってはいるけれど、なんだかとても寂しそうな色をしているのが気に掛かって。

帰って食べるつもりだったけれど、そのままパン屋の前のベンチに腰を下ろした。

猫はそんな俺をじっと見ていた。雨に濡れた毛づやの無い身体を伸ばして。

痩せて骨の浮いたからだが可哀相になって俺はバゲットサンドからスライスされたハムを抜いた。

足元にぽいっと投げると猫は俺の様子をうかがっていたが、俺がパンにかぶりつきはじめたのを見るとのそのそと寄ってきてハムを食べ始めた。

 

「うまいか?」

 

そう聞いても媚びるでもなく喉を鳴らしもしない。

しかし飢えていたんだろう、寄って来た時のゆっくりな動きとは裏腹にがっつくようにハムをむさぼる。

無理もない、あんなに骨の浮いた身体では。

このパン屋の隣はこぎれいな女物の服の店、逆隣は老夫婦が営む直し専門の靴屋。

この猫がここをねぐらにしているのは、追い払われないためだろうがエサの質は決してよくないだろう。

猫の好む魚だとか肉だとかがパン屋のゴミ箱に入るなんて事はまず無い。ベーコンの切れっぱしが落ちてればご馳走だろう。

老夫婦がたまにエサをくれたりはするだろうが、この猫は人に媚びてエサをもらうなんて事はしなそうだった。

もっとやりたいのはやまやまだったが生憎パンにはさまれてるのは野菜とマヨネーズで和えたボイルド・エッグだけだった。

「悪ィな。もうねえよ」

猫はただじっと俺を見ていた。だが礼のつもりだろうか、喉の奥からくぐもったような鳴き声を一声あげて猫は去った。

 

 

媚びない猫と、俺。

猫相手にこう言うのも変だが、妙にウマがあった。

そのパン屋に行くたびに俺は猫にエサをやった、猫は黙って食べた。

ただの野良猫だが、媚びずに孤高に生きる、プライドの高いヤツだった。

けど本当は甘えたいのに不器用だっただけかもしれない、一度骨の浮いた背中を撫でると、ほんの少し足にすり寄って来た。

変な話だが、猫と俺の微妙な距離感が旧友みたいな感じで妙に落ち着いたんだ。

 

 

だが、しばらく経ってパン屋に行ったら、猫はいなくなっていた。

猫は死期が近づくと姿を消すという。

猫は俺の前から消えた。

 

 

それから月日は過ぎて出会った『あいつ』は、あの猫をどこか思い出す寂しげだけど媚びないあの空色の瞳をしていた。

本当は甘えたいのに嘘みたいに不器用なところまでそっくりで、意地っ張りのへそ曲がり。

その隠された魅力を知ってるのは俺だけで、その秘密めいた宝物みたいな感じが、わけもなくガキみたいに嬉しかった。

どうしようもないくらい大切でいとおしい存在。

けれど。

 

 

なあ、クラウド。

 

 

いつかお前もあの猫みたいに、ある日突然いなくなってしまうんじゃあないかって、俺は不安でたまらない。

一緒に過ごす時間が幸せであればあるほど俺は不安で仕方ない。

こんなにも何かを失う事に恐怖感を覚えた事なんて無かった。

 

 

離したく、ないんだ。

 

 

 

「…ザックス?」

ぎゅっと抱きすくめたまま無言になった俺の様子を伺うように、遠慮がちにクラウドが声をかける。

お前を見失う事が無いように、この腕でしっかりと抱きしめておきたい。

お前の鼓動や感触や温もりや全部、この腕に閉じ込めておきたい。

 

…せめて、今だけは。

 


ザックスと猫の話がどうも多すぎる気がする(笑)

04/09/24

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