いとおしむように、呪うように祈る。
11:Prayer
「へぇ。アンタでも祈る事なんかあるんだ」
光に透ける短い銀髪の後姿。その細い肩に触れてはいけないと思った。
目を閉じて窓の外、白く街を覆っていく雪に向かい祈る彼女の後姿に神秘的なものを覚え、それがあまりにも遠い存在に思えて。
自分のいるところまで引き摺り下ろそうと、ついぶっきらぼうな言い方をしてしまった。そんな事など出来るはずないのに。
彼女は何時だってザックスよりも遠いところにいる。どんなに近くにいようとも。
互いの温もりを感じられるほど近くにいても彼女の心は決して彼の側にはない。
ザックスは、祈りの形に組んだ指を解いて振りかえったハルに歩み寄る。
「あんた、神に祈るとかそういう非現実的な事は信じてないと思ったぜ。
自分の運命は結局自分の力、そういうことを考えてる奴だと思ってた」
その言葉を聞くとハルはわずかに苦笑いを浮かべた。
「そうね…昔はそうだったかもしれないわ。
でも、結局のところ自分で変える事の出来る運命はごく僅か、最近そんな風に思うの。
神にも祈るわ。変える事の出来ない絶対的な運命を司るものを神と呼ぶなら、その運命がよいようにと祈る」
そういうとハルは窓の外の雪を見つめた。珍しく魔晄都市に降り積もる雪は銀に輝いている。
「けれど私は星にも祈る」
「星に?」
「星は、はじまりでおわり。星は私達の全て…だから、星にも祈る」
ハルはまるで聖典の一節を唱えるかのように空ろに呟いた。
「何のことだ?」
ザックスは軽く肩を竦め問うた。ハルはくっと笑うと同じように肩を竦めた。
彼女が意味深な事を言った割に真面目に応える気が無い事を手に見て取ったザックスは話の軌道修正をする。
「でもどのみち、祈るんだろ。そんな他力本願…っつかさ、なんつーの?自分の力じゃないもの当てにするなんて、俺はなんかやだな」
「自分の力で出来る事は僅か。だから祈るの」
ザックスはまた歩み寄り、口を開く。彼女との距離はもう手を伸ばせば触れられるほどに近い。
「いつからオマエそんな弱気な女になったんだ?」
そういうのも可愛いけどさ、そんな風に心の中で呟いて。
「さぁ、いつからだったかな…」
彼女は目を伏せた。長い睫毛が頬に影を落とす。
いつからだったのか、は彼女は知っているが敢えて言わない。ザックスも薄々は感じているだろう。
「でも祈ってもどうにもならない事もあるのよ、知っているでしょう?」
そういうと彼女は泣き笑いのような表情を浮かべた。
それが、彼女の恋人が事故で行方不明になった事を言っているのはザックスにも良く分った。
「…本当に無力だわ。けれど、あなたはどうか私のようにならないで欲しい。
…自分の力も祈りも無駄だなんて思わないで…今のように前を向いて生きていて欲しいの…お願い」
「…わかった、約束するよ」
ザックスは頷くと、彼女の短い銀髪をそっと撫でた。
この狂った世界の中で、あなただけは光を失わないでいて。希望を持ちつづけていて。
…どうか、この祈りだけは聞き入れて下さい…
04/02/21
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