憧憬

ア コ ガ レ

 

 

「これでも昔は悪どい事をやっていたこともあった。回りは皆私を恐れた…」

 

例えるならば私の心は研いだナイフのように触れたものを鋭く切り裂くようなものだった。

私は常に一人だった。仲間さえも私を恐れた。

だが、彼女は微笑った。

私に。

その澄んだ湖の底のような濃紺の瞳で。

栗色の髪にインディゴの瞳。整った容貌は神の創りたもうたものに相応しい美しさだった。

"聖母"と言う名がふさわしい慈愛に満ちた女性だった。

 

聖母ソフィア。

 

「どうしたのです、カレルレン?」

「ソフィア様…私は…」

 

貴女の事を…

 

それはまるで人々が神に向けるような、神聖な愛。

だが、彼女が愛した男は…

 

私の唯一無二の親友の…ラカンだった。

 

「貴女は自分を粗末にしすぎる!どうして自分をもっと大切にしないのですか!?」

いつだったか私は彼女にこんな事を言った覚えがある。

優しい女性だった。

だが、その優しさがが彼女の命を奪う事になろうとは…

思わなかった。あの日までは。

 

その日を「崩壊の日」と言う。

 

戦局は悪化する一方だった。

防戦一方…いや、守っていられるならばまだ良かった。

味方が一機、また一機と減っていく。

このままでは…ソフィアが危ない。

「このままで終わってたまるか!俺達は奴らの所有物じゃない…!」

私は唇を噛んだ。

その時だった。

ソフィアの操縦する機が僅かにエネルギーを充填し始めたのは。

「何をするつもりなんだ!?ソフィアッ!!」

私は叫んでいた。

ギアに内蔵された交信機の向こう側からソフィアの凛とした声が響く。

「……これで終わりにします。もう貴方達が戦う必要はありません……」

最悪の事態が脳裏を掠めた。まさか…貴女は…

「ソフィアッ!!」

「だからカレルレン……どうか、その拳を開いて……

開いたその掌で、これから生きていく人々を優しく包んであげて……」

頭が真っ白になった。ソフィアの声だけが頭に響く。

交信機にラカンの声が割って入った。

「馬鹿な真似はやめろ!君は俺達が必ず逃がして見せる!だから……!」

これから生きる人にとって必要なのは私達ではない。

ソフィアが、彼らの寄る辺となるべきだ。

今彼女がここで死んで良いはずが無い。

「ソフィアッ!」

私とラカンはほぼ同時に叫んだ。が、もはや私達の声は届いていなかった。

「そして……生きて!ラカン!」

 

彼女が最後に呼んだのは、他ならぬラカンの名だった。

 

彼女は敵の主力艦に自ら特攻をかけ、散った。

私達は彼女の犠牲の上に生き残ったのだ。

 

これが、彼女の目指した理想……救済だったと言うのだろうか。

彼女は信仰さえ持てば道が開けると言った。

だが現実に、神は彼女の信仰に応える事無く…

 

彼女は死んだ。

 

 

神 ハ 居 ナ イ ノ カ

 

「……存在しないと言うのか……ならば、私がこの手で創り出してやる!!」

 

 

 

そう誓ったあの日から実に500年もの歳月が過ぎた。

ソフィアは死に、後にラカンも死んで……私1人が、延命処置で生き長らえた。500年前のままで。

転生しても尚、ソフィアはラカンの生まれ変わり――――フェイを愛していた。

 

……忌々しかった。

 

ソフィアを、私だけのものにしたかった。

私と、ソフィアと、2人だけで……神の御前で理想の世界を作り上げたかった。

 

けれど私の歪んだ想いは伝わらず……

尚もソフィアはラカンを選んだ。

 

そのはずだ。

私はあの時を境にして人としての道を失った。

多くの罪を犯した。

彼女が人々の為に開いてくれと言った私の掌は、今は血で穢れている。

彼女が、そんな私を選ぶはずは無かった……

 

彼女に愛される事が出来ない事。

それが私の業の結果なのだ。

 

だが狂うほどに貴女を愛した、馬鹿な男が居た事を心の隅にでも良いから留めておいて欲しい…

 

そして、どうか幸せに……ソフィア。

 


カレルレンの愛は妄信的で歪んでいたけれど、それでも純粋な想いだったと思う。

01/09/15

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