ラムサスは精神的ショックと今までの疲労から、アヴェで医者の世話になりつづけていた。
静かな病室で、ただ時を過ごす。
「トロネちゃんトロネちゃん!買ってきたよ〜vv」
「1回言やぁわかる。ごくろう」
大きな紙袋を抱えたセラフィータとその後ろからやって来るドミニア。
そして、それを迎えるトロネとケルビナ。
「…ったく、このコのお守くらいあんたが行ってくれればいいのに…トロネ…」
エレメンツの4人の中では一番子供っぽいセラフィータと2人で買い物はドミニアにはキツかったのだろう。
彼女の苦労は想像するに余りある。ふう、とドミニアは溜息をついた。
「仕方ねーじゃん、ケルビナは目が見えないんだしくじ引きで買い出しはあんたとセラフィータに決まったんだから」
「では、早速作りましょうか」
ケルビナが見えない目でドアを探ろうと手を伸ばす。
それに先立ち、ドミニアがきぃとドアを押した。ケルビナは微笑し、感謝の気持ちを表す。
4人がこれから作ろうとしているのはチョコレート。
そう、今日はバレンタインデー。
「…ラムズ共は何が楽しくてこんなもん作るんだよ…」
トロネが呟く。
ポジトロン光子脳搭載サイボーグである彼女にとってバレンタインとは少々理解しがたいものらしい。
「トロネ。その言葉はもう使わないと、決めたはず」
ケルビナがたしなめた。
「…地上人」
トロネが言いなおす。
「閣下、食べてくれるかなあ〜♪」
セラフィータはのんきにチョコを溶かしている。
そう、このチョコレートは彼女達の上司にして大切な人であるラムサスのために作っているのだ。
・・・が、彼女の片手には真っ赤なタバスコの瓶が握られている。
ドミニアの顔色がさっと変わった。
「おい!!セラフィータ!いくら閣下でもタバスコを入れたチョコレートは食べてくださらないと思うぞ!!」
「え〜?じゃあわさびならいいかなあ??あっ、セラフィーわかった!にんにくならいい匂いになるよね!!」
「ちっがーう!!」
セラフィータのすさまじいボケに思わずトロネのツッコミが入る。流石はエレメンツの(ある意味)名コンビ。
「…念の為に多めに買っておいて正解でしたね…」
「そうだな…」
まだ押し問答の続くトロネとセラフィータを横目にドミニアとケルビナはこれからの展開を予測して深い溜息をついた。
何しろ今まで戦う事が全てだったエレメンツ。
チョコレートの作り方などユーゲント(士官学校)では教えてくれない。
チョコの作り方をまともに知っているのはケルビナのみだ。ドミニアとて、詳しいわけではない。
「仕上がるのだろうか…本当に…」
「せめてエリィが居てくれれば」
そっと呟くケルビナの言葉にドミニアが過剰に反応する。
「エレハイムに頼るのか!!?」
ドミニアはエリィを激しくライバル視していた。
闘いが終わっても、そのわだかまりは消えていないらしい。
「まさか。彼女は彼女で忙しいでしょう。彼女にも大切な男性<ひと>がいるのですから…とりあえず、作りましょう」
その日の夕刻。ラムサスの病室を訪れる者がいた。
ノックの音に肘掛のソファに身体を預けたラムサスは顔を上げる。
「誰だ」
「失礼します」
ドアを開けて入ってきたのはエレメンツの面々。
「具合はいかがですか」
ケルビナが訊ねる。
「ああ、もう大分いいようだ」
答えるラムサスの目の前に包みが差し出される。
「…受け取って下さい、閣下」
「これは?」
怪訝そうなラムサスにドミニアが答える。
「何やら地上にはこの日に女性から男性へチョコレートを送る習慣があるそうで」
トロネが続く。
「私達の気持ちです」
残りの2人も続く。
「私達4人で作りました」
「食べて、閣下vv」
ああ、バレンタインの事か、とラムサスは気づいた。
ユーゲントやゲブラーではそう言う習慣はおよそ無かったので彼女達は知らなかったようだが、ソラリス内では結構見られた習慣だ。
「…すまない」
受け取った包みはまだ温かかった。
「あまり長居をするとお身体に障りますので私達はこれで」
エレメンツが帰った後、ラムサスはそっと包みを開けて見た。
まだ温かい、チョコレートのケーキ。
今まで戦う事しか知らなかった彼女達が四苦八苦しながら作っている姿が目に浮かび、思わず口元がほころんだ。
手でちぎって一口口に入れてみる。
…甘い。
病み上がりの身体にはちょっと重すぎる甘さ。
しかし、ラムサスの病んだ心には充分な贈り物だった。
ありがとう、と言えば良かった、とラムサスは思った。
…もう一度、がんばってみよう。
俺を“俺”と認めてくれる娘達がいる。
彼女達の為に、今一度立ち上がろう。
02/01/26|04/07/30加筆
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