ご都合主義のフェアリーテイル

灰かぶりが王子様と結ばれるなんてそんなことはありえない

 

さよならのキスの味。

 

バケットヒルの戦いが終わって、ギュスターヴはテルムの城に戻った。

話には聞いていたが、テルムの小高い丘の上に立つ城は城の外観はもちろんのこと、

内装やその他の部分を見ても、ナ国のスイ王の城に勝るとも劣らない美しい城だった。

つまりそれはギュスターヴの血筋の貴さ、家柄の高さをそれだけ示していると言う事で…

レスリーは身分の違いと言うものをここに来て強く感じ取っていた。

ずっと兄妹や姉弟のようにじゃれあっていた2人だったが、レスリーにはじめて迷いが生じた。

今までは親が送ってきた縁談を勧める手紙も、丁寧に断る返事を出すか、時には破り捨てた。

ギュスターヴを好きだ、そんな気持ちで他の男性を愛することなんて出来やしないという気持ちから。

けれど、ギュスターヴの背負う運命、家、そういうものを垣間見てレスリーは迷った。

 

私がギュスを好きだという気持ちが、もしギュスの足枷になったりしたら?

 

 

「レスリー、何読んでるんだ?」

「灰かぶりよ」

「童話か。懐かしいな」

童話というよりこれはこどもだましだ、とレスリーは思った。

所詮童話、灰かぶりのような身分違いの娘が王子と結ばれるなんてそんな都合のいい事あるはずない、と思ったが黙っていた。

軽はずみに自分の心情を吐露すると、ギュスターヴは何としても今レスリーの抱える不安だとか苦痛を取り除こうと躍起になるだろう。

自分のために好きな人が何かをしてくれようとする。

嬉しい事だが、今のレスリーの抱える気持ちはギュスターヴの力では解決できない。

いくらギュスターヴが「身分の差なんて関係ない」と言ってくれたとしても、世間がそれを認めてくれなくてはいけないのだ。

「童話かー。童話と言えば昔フリンが…」

ギュスターヴは他愛もない昔話をはじめたがレスリーは上の空だった。それにギュスターヴが気付いたかどうか…

 

 

 

故郷の母からの何十通目になるのか忘れたくらいの手紙の封をレスリーは丁寧にあけた。

中にはナ国でもそこそこ有名な貿易商の息子との縁談についてしたためられている。

故郷の母は自分の事をとても心配していた。優しかった母…レスリーはその日、ある決意をした。

 

夜。レスリーは衣擦れの音さえ立てないようにそっとギュスターヴの寝室に忍び込んだ。

寝ずの衛兵にはスリープの術法をかけた。

いつか、ギュスターヴの役に立てばいいと身につけた術法がまさかこんなところで役に立つとは、とレスリーは内心苦笑した。

ドアを注意深く開ける。暗い寝室だが、差し込む薄い月明かりでかろうじてギュスターヴが認識できる。

昼間手ずから城の若い兵士達に剣の稽古をつけていたためか、よく眠っている。

太陽の輝きを放つような金髪、端整な顔立ち。

それは大人の男性のものだが、どこか少年っぽさを残した面差し。

今は眠っているが、起きていればよく喋るしよく動く、兵や臣下、仲間からの信頼も厚いし人をひきつける不思議な魅力がある。

なによりこの人のそばは温かくて居心地がいい。

サンダイル中どこを探したってこの人以上に魅力的な男なんているはずがない。

この人以上好きになれる男なんているはずがない。

だからこそ、この人の下を去ろうと。

大好きなこの人に迷惑はかけられない。足かせになりたくない。

レスリーはベッドにそっと腰かけると、ギュスターヴの形のよい唇を指先でふわりとなぞった。

そしてそのまま、そこに軽く口付ける。触れるだけのキス。

さよならのキスは少しだけ塩っぱかった。

レスリーはいつの間にか大粒の涙を零していた。

「じゃあね、ギュス」

レスリーが去ろうと踵を返すと、何者かに手首を掴まれた。

 

ギュスターヴは目覚めていた。

 

「あ…」

レスリーは僅かに動揺した。

ギュスターヴは大きな手でレスリーの華奢な手首を掴んで離さない。

「『じゃあね』ってどこ行くんだ、レスリー」

ギュスターヴにはアニマがないといわれていた。それゆえか、何も感じ取れない。

今のギュスターヴは怒っているのか、不安なのか。

レスリーは口を開いた。

「…ギュス。あたし、結婚する」

「!」

月明かりに、金髪が揺れた。

「ナ国の人。これからグリューゲルに帰る。帰って、結婚するの。お別れしに来たのよ」

「…そいつの事好きなのか」

やはりギュスターヴの声からは何の感情も読み取れない。

半身を寝台から起こし、背に月を背負ったギュスターヴの顔は陰になっていて伺えない。

「好きよ」

嘘。

「…俺よりもか?」

嘘よ。

「うん。好きよ。大好き」

ギュスが、大好きだったよ―――

「そうか…」

ギュスターヴはしばし沈黙した。

レスリーはその隙に、目じりに溜まった泪を気付かれないようにそっと小指の先で拭う。

「でも」

口を開いたのはギュスターヴの方だった。言うが早いか、レスリーの手をぐっと引き、倒れこんできたレスリーをぎゅっと抱きすくめる。

「お前がいくらそいつの事好きでも、俺以上にお前の事好きになれる奴なんているはずがない、絶対―――!」

掠れたような、ギュスターヴの悲痛な叫び。強がりで、意地っ張りなこの大きな少年が、こんな声を出した事があっただろうか?

ギュスターヴはレスリーを抱く腕にますます力を込めると言った。細い、けれど力強い声で。

「そいつのところに行った方がお前は幸せになれるのかもしれない、俺のところにいたら一生辛い思いをさせるかもしれない、

けど、お前が…お前がもし少しでも俺の事を好きだと思ってくれるなら…俺のそばにいてくれ、レスリー。俺には君が必要なんだ…!」

真っ直ぐに響くギュスターヴの言葉。レスリーの目尻に新しく泪が溜まっていく。

「ばか…嘘よ。嘘。あたしがあんた以上に好きになる奴なんているわけないでしょ、あんたみたいな奴に惚れちゃったんだもの、

人が望むような幸せ手に入らないって判ってるわ」

レスリーはギュスターヴの背に手を回して震える手でぎゅ、と抱きしめた。

「あんたがそういってくれるだけで幸せな、しようのない女なんだから」

レスリーはギュスターヴの首筋に顔を埋めると声を殺して泣いた。

幸福感と安心と、不安の入り混じった声にならない泣き声。

ギュスターヴは、そんなレスリーの耳を甘噛みすると耳元に口付けた。

 

さよならのきすのあじ。ほんの少し塩っぱくて、ほんの少し切なかった。

月が静かにフェアリーテイルの始まる瞬間を、音もなく照らし続けていた。

 


レスリーは結局何があってもギュスターヴを選んだと思う

04/03/01

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