あの頃に帰りたい
私がいて 貴方がいて
何も知らず無邪気に笑っていただけの
あの頃に 帰りたい

あの人はもういない
時は戻ってこない
だけど私は帰りたいの

 

Nostalgia

 

思い出と言うものは2度と戻る事が出来ないからこそ色あせず、いっそう輝きを放つもの。

ヒトはそこに美しい世界を見出し、戻る事が出来ないからこそ帰りたいと恋い願うのかもしれない。

強い人ならばそれを断ち切り未来へと踏み出して行ける。

けれど、私にはもうそんな力はない。

私は、弱くなってしまった。

あの人が消えた、あの日から。

 

「レスリー様」

振り返ると年端も行かぬ少年が立っている。

「ヴァンアーブル…」

鋼の13世と呼ばれたギュスターヴ13世が砦に遠征中、モンスターの夜襲により亡くなった事は既にサンダイル全土を駆け巡っていた。

オート候カンタールやその他の諸侯も動き出し、動乱の時代になりつつあった。

歴史は確実に、新しい方向へ動き始めている。

弱冠12歳の少年にもかかわらずギュスターヴの側近であったヴァンアーブルは難を逃れたが、

友と主君を失い、しばらく塞ぎ込んでいたとレスリーは聞いていた。

「もう具合はいいのかしら?」

レスリーが訊ねると少年はコクンと頷いた。

「…レスリー様、僕はここを離れる事に決めました」

レスリーは目を伏せた。

ギュスターヴが亡くなって以来、1人、また1人とハン・ノヴァを離れる者が増えてきていた。

ギュスターヴを慕っていたヴァンアーブルもそれは同じなのか。

「そう…そうね。貴方はまだ若いもの。他の主君に仕える事も出来るでしょう」

レスリーが呟くとヴァンアーブルは首を振った。

「僕が仕えるのは今までもこれから先もギュスターヴ様ただ1人です」

ヴァンアーブルの少年らしかぬ答えにレスリーは驚いた。

これがついこの間までヨハンやギュスターヴの後を付いてまわっていたあの少年だろうか。

「僕がこれから何をすべきなのか、何が出来るのか…

今のサンダイルの様子をこの目で見て、様々な知識を付けたいと思いまして。

でもすぐに戻ります。ここは…ギュスターヴ様の都ですから」

ヴァンアーブルは一礼すると部屋を出ていった。

小さな背中に不釣合いな鋼の剣が黒光りする。

あの日、目を腫らして帰ってきたヴァンアーブルが手にして帰ってきた焼け焦げた剣だった。

今は綺麗に補修され磨かれているが、あの日レスリーが手に取った時は

砦を包み込んだと言う火竜の如き激しい炎のアニマがまだ残っているかのようだった。

この焼け焦げた剣を見てレスリーは幼なじみでもあるギュスターヴの死を認めざるを得なかった。

 

ヴァンアーブルが旅だった数日後、レスリーのもとにギュスターヴらしき人物を

彼女の故郷グリューゲル近郊で見かけた者がいるとの書簡を受け取った。

半信半疑のままレスリーはグリューゲルへ向かった。

生きていて欲しいという一抹の望みを抱いて。

 

 

結局情報は嘘だった。

だがレスリーがグリューゲルに向けて旅だった後にハン・ノヴァが炎上した事を彼女は知った。

町自体は壊滅には至らなかったらしいが、ギュスターヴが助けてくれたのかもしれないとレスリーは思った。

 

レスリーは鏡台の上に小さな指輪を置くと窓辺のソファに腰を下ろした。

指輪は昔ヤーデにいた頃ギュスターヴが鋼で作ってくれたものだった。

「いつか宝石のついた指輪をやるから、それまで」と言って作ってくれた指輪は少し大きかった。

けれど鋼とは思えないような美しい輝きを放っていた。

このグリューゲルでギュスターヴと初めて出会ってから何年が経ったろう?

その頃からギュスターヴの事が好きだった。

可愛い初恋だった、と自分でも思う。

けれどレスリーにとってはそれからずっと温めていた恋だった。

 

ギュスターヴにとってもそれは同じだったのかもしれない。

 

「俺、レスリーの事好きかもしんない」

いつだったろう。

今と同じようにソファに座って、隣にはギュスターヴがいて。

ぼそっと呟かれて、最初は冗談だと思った。

「好き…かも、しんない…かも?…??」

ちらっと様子を伺うギュスターヴに「私も、好きかもしれない…かも」と答えて2人で笑った思い出がある。

そのまま2人の恋は進まなかった。

鋼の王と商家の娘。身分違いの恋愛は実を結ぶことなく。

 

ギュスターヴは南の砦に散った。

 

「ギュス…」

本当にいなくなってしまったのだ。側にいる事が当たり前過ぎて。

「私は…好き“かもしれない”ではなく、本当に貴方の事が好きだった」

子供じみた告白しかせずに…本気で思いを伝える前に離れ離れになってしまった。

「そんなにしんみりしてるなんてレスリーらしくないな」

不意に聞きなれた声がした。レスリーは顔を上げた。

見上げた先――――ソファの傍らには懐かしい顔。

フィニー王家の者特有の少し茶色がかった金髪。

精悍な顔。今も尚少年の光を忘れない瞳。

その薄蒼い瞳は真っ直ぐにレスリーの瞳を見つめた。

「でも…」

口元がふっと笑う。

「俺も今なら言える。俺は…レスリーが好きだ」

「ギュス…!!」

レスリーは自分の声で目を覚ました。何時の間にか眠っていたようだった。

「夢…?」

夢と知りせば覚めざらましを、などと言う言葉を聞いた事があったが本当にそうだとレスリーは思った。

レスリーが立ちあがると膝の上から何かがころりと落ちて床に転がった。

「…嘘…」

夢ではなかった。

鏡台の上に置いておいたはずの鋼の指輪。

そして。

「ううん…気付かなかったんじゃない。この指輪は確かに何の飾りもない指輪だった」

ギュスターヴの瞳と同じ色の薄水色の小さな宝石が何時の間にか嵌めこまれていた。

ギュスターヴの魂−アニマ−は確かにたった今ここにいたのだ。

 

今言えば伝わるだろうか。伝えたい。

「ギュス…」

レスリーは口に手を当てると囁くように言った。

 

大好き。

 


やっぱギュス様はレスリーが好きだったと思う。

02/09/14

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