キ ミ ト フ タ リ デ
雪がちらつき始めた。
サルゴンは窓辺のソファに腰掛けて宿屋の窓から吹雪く雪をぼんやりと眺めていた。
宿の女将が先ほど持ってきた時は湯気のたっていたホットチョコレートももう冷たくなりかけている。
隣のエレノアの泊まっている部屋に彼女の姿はなかった。先ほど貴族のパーティーに呼ばれた、といって出かける彼女を見送ったばかりだ。
ドレスにもメイクにも気合が入っていたから、きっと男性の貴族なのだろう。
サルゴンは深い溜息をついた。サルゴンは彼女の事が好きだ。
けれど彼女にとってサルゴンはやっぱり仲間か弟か或いは息子のような存在で、恋愛の対象とは見てもらえないのかもしれない。
20の年の差…普段は感じないけれど、時折それは壁となってサルゴンの前に立ちはだかる。
もう一度溜息をつく。聖夜を大切な人と過ごしたい、とは思うけれど想い人は今頃他の男のところだ。これほど虚しい事があるだろうか。
せっかく彼女のために買った小さなペンダントも無駄になってしまうのだろうか。
サルゴンは窓枠に置いた小さな包みに目をやった。
中には彼が悩んだ末に買った、蝶を模ったところに細かな装飾の施された金のペンダントが入っている。
それから彼はもう一度窓の外に目をやった。街の屋根にはもううっすらと雪が積もっている。
その頃エレノアはとある貴族の屋敷に来ていた。前々から付き合いのあった貴族で、年老いてはいるが立ち居振る舞いも優雅で隙がない。
その穏やかな老紳士はエレノアを広間に通した。貴族のパーティーにエレノアを招待してくれたのだ。
「ようこそ、ミス・エレノア。今宵のパーティーは晩餐会や舞踏会などとは違う、気軽なホームパーティーのようなものだ。肩の力を抜いて楽しんでおくれ」
立食形式の気軽なパーティー…とは言え、庶民の生活とは縁遠いものだ。
そこにいる婦人達の着ている流行のドレスも、庶民には手の届かないような華やかなレースやパール、ビーズが惜しげもなく使われている。
テーブルに並ぶ料理もそれは豪華なもの。貴族達が手にとって味わっている酒だって名だたる銘柄のものばかりだ。
エレノアも緊張はしていたが、このようなパーティーにくる事が出来て嬉しくてたまらなかった。
もしかしたら、どこぞやの貴族に見初められて、そのまま玉の輿…そんな事だってあるかもしれない。知を求めて旅をするのが彼女の生き方ではあったが。
「…玉の輿だって悪くないわよね〜v」
エレノアはふふっと笑った。
新顔のエレノアは休むことなく貴族たちの挨拶を受け、その応対に追われていた。
そんな中で彼女に何か重大な事を忘れているような気持ちがふっとよぎった。
けれど一度話し終えても、それを考えようとする間もなく他の貴族に話しかけられる。
なんだっけ、なんだっけ、なんだっけ…
話しかけてきた貴族に優雅に微笑して応対する間にもエレノアは必死で頭を巡らせた。
とっても大事な事だった気がする、忘れちゃいけないことのような気が…
その瞬間、彼女の頭の中をちまっこい銀髪の後姿がふと掠めた。
『あ…!』
その瞬間から彼女は居ても立ってもいられなくなった。
かろうじて会話はしているものの何を話しているのか頭に入ってこない。
エレノアはタイミングを見計らって老紳士のもとへと行くと、思い切って切り出した。
「あ、あの、せっかくお招きいただいたのに申し訳ないのですが、私もう帰らないと…!」
老紳士は首を傾げた。
「ミス・エレノア、宴はまだ始まったばかりだよ。気分でもすぐれないのかね?」
エレノアは頭を下げた。
「申し訳ありません、失礼な事であるとは承知しています…けれど、大事な人が待っているんです、私がこうしてる間にも、一人ぼっちで」
気づかなかった。自分がここへくる事が彼を一人ぼっちにしてしまうと言う事に。
彼は彼女がどこへ行こうと不満も不平も言わなかったからいつも甘えていた。
けれど、あの時一人残された彼はどんな気持ちで自分を見送った?
「申し訳ありません…」
エレノアはか細い声で呟くともう一度頭を下げた。
「行っておあげなさい」
エレノアが顔を上げると老紳士は穏やかに笑っていた。
「行っておあげなさい、ミス・エレノア…聖なる夜をひとりで過ごすのは可哀想だ…
それに、君がそれほど大事な人を一人ぼっちにしておけるような人ではないこともよく知っている。
私は咎めはしないよ。また次の機会に招待するから、来るといい」
「あ、ありがとうございます」
老紳士に丁寧に別れを告げるとエレノアは駆け出した。
ギンガーの馬車を拾おうか、いやそんなもたもたしている時間はない。
エレノアは自分と彼が泊まっている宿へ向かって必死で走った。
会いたい。会いたいよ、サルゴン…!
エレノアは駆け込むようにして彼の部屋のドアを開けた。
サルゴンは、窓の側のソファに腰掛けて静かな寝息を立てていた。
エレノアはそんな彼の様子を見て何故かほっとした反面、泣きたい気持ちになった。
「ごめんね、サルゴン…」
ふとサルゴンが薄目を開けた。
「あれ…」
サルゴンはエレノアを見ると目を擦りながら顔を上げた。
「エレノアさん、もうパーティーは終わったんですか?」
「え、あ…あの…」
パーティーはもう終わったのよ、パーティーは中止になったの、日にち間違えちゃって…
色々な言葉がエレノアの頭をよぎった。けれど、今は素直な気持ちを伝えたい。
エレノアは静かに目を閉じると言う言葉を決めた。
「あのね…君に会いたいから、帰ってきちゃった!」
「え…」
にこっと微笑むと、一瞬サルゴンの頬が赤くなった。
「さて、二人でこれからゴハンでも食べに行って、降誕祭の聖なる夜を祝おうか!」
エレノアがイヤな子みたいになっちゃってちょっと反省。
03/12/24
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