昨日は結局何も言い出せないまま終わってしまった。
彼の突然のダンスの誘いに対し、「喜んで」と受けるだけが精一杯だった。
自分の気持ちを伝える事が出来るようになるのはいったいいつになるのだろうとプルミエールは途方にくれた。
窓の外はまだ薄暗い。プルミエールは起き出してクローゼットの中からそっと包みを取り出した。
ロベルトにジニーの枕元に置いてほしいと言われた小さな包み。言われたとおり、枕元にそっと包みを置いてやる。
自分が幼い頃、義母が彼女にそうしてくれた事を思いながら。
『…ロベルトったらサンタ気取りかしら?』
いくらジニーが幼いとはいってもこの年になってサンタクロースなんか信じているのか、とプルミエールは思ったが彼女は黙ってロベルトに従った。
まだ口を半開きにして眠っているジニーから、プルミエールは窓の外に目を移した。
外は一面、白い雪だ。昨晩降り出した雪が一帯に積もったのだろう。
プルミエールはショールを肩にかけると、何を思ったか足音を立てないように外へ出て行った。
白銀の雪が昇り始めた朝日を反射してきらきらと輝く。足跡一つ無い雪景色の中をプルミエールは静かに歩いた。
綺麗なままの雪の中に足を踏み入れる時、何となく心が躍るのは何故だろう。
こどもであった頃、誰もが経験したそんな気持ちをプルミエールはもう一度味わってみたくなったのだった。
さく、さく、と冷たい音を立てて小さな足跡が雪につけられていく。
特に行く宛てもなしに歩き雪の感触を楽しんでいたが、誰かに呼ばれたような気がしてプルミエールは振り返った。
「…気のせいね」
また足を進める。ノースゲートの小さな港の、桟橋のほうには先客が居たようで小鳥の足跡がうっすらと雪についている。
『…あの人はまだ眠っているのかしら』
このダイヤモンドにも負けないような雪の輝きをあの人にも見せてあげたい。じき、日が高くなる頃には雪は融けてしまうだろうから。
昨日のように肩を並べて、今日は一緒にこの白銀の世界の中で朝日を見られたらよかったのに。
ふいに後ろから雪を踏む冷たい足音が近づいてきた。
振り返ると見覚えのある山羊頭の青年がゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
途端プルミエールの心臓が跳ね上がる。
「こんな朝早くから」
その山羊頭の青年、グスタフはプルミエールに向かって口を開いた。
「しかもこんな寒いところで…何をしているんだ?」
「あ、あなたこそ、何をしているの?」
プルミエールは僅かに上ずった声をどうにか押さえながら言った。
グスタフは答えずに少々横を向いて沈黙した。
「…?」
プルミエールは怪訝そうに首を傾げた。
「本来なら昨日渡すべきものなのかもしれないが…」
グスタフはそう言うと懐を探る。
プルミエールは何のことなのかさっぱりわからない。
すっと彼はプルミエールの目の前に小さな包みを差し出した。
「なかなか、頃合をを見ているうちに宴が終わってしまい…
まさかロベルトが貴女に頼んだように俺がジニーに頼むわけにはいかないしな。
良いものがなかなか見つからなくてすまないのだが、これを貴女に」
「…私に?」
プルミエールは華奢な手を差し出した。
グスタフはプルミエールの掌の上にそっと包みを置く。
そうするとくるりと背を向けて去ろうとした。
「あ…ま、待って!」
プルミエールは反射的にグスタフを呼んだ。
その後の言葉が続かなくて、プルミエールは内心焦った。
「ど、どうしてこれを私に…?」
グスタフはまた少し考えると、口を開いた。
「…俺もサンタを気取ってみたくなっただけだ…ということにしておいてくれ」
「な、何よそれ」
つい口にしてしまったが、プルミエールははっと口を押さえると軽く頭を振った。
『そうじゃないわ』
「…ありがとう」
その言葉を聞いたグスタフの口元がふっと緩んだ。
『…笑った?』
プルミエールは驚いた。今までパーティーを組んでいて、彼の笑顔らしい笑顔はほとんど見た事が無かった。その彼が、微笑した。
そしてまたいつものように無愛想に背を向けると彼は去っていった。
無口な彼の不器用な微笑み。その微笑が彼のその時点での精一杯の愛情表現だったことに彼女が気づくのに、後どのくらいかかるのだろう?
部屋に戻るとやっと起きたジニーがにこにこと笑っていた。
「えへへ、プルミエール!起きたらこれが置いてあったの♪」
彼女の手に持っているのはシルクのリボンだった。白い絹に淡いピンクのレースをあしらったそれはジニーの亜麻色の髪によく似合う。
「誰がくれたんだろう…嬉しい♪」
ジニーは目ざとくプルミエールの持った包みに目をやると問うた。
「あっ、プルミエールももらったの?ねぇねぇ、誰に?開けてみた?」
プルミエールは包みのリボンを解きながら静かに言った。
「これは…遅れてやってき、サンタにもらったのよ…いいえ、トナカイかしら?」
「なにそれ〜…あっv」
「あ…」
ジニーとプルミエールはその小さな箱に入った贈り物を見てその輝きに同時に息を呑んだ。
銀に、透き通った氷のように透明な宝石をあしらった小さなブローチ。
それは白い朝に見た雪の、白銀の輝きにも似て――――
クリスマスリク小説のSECRET MEETINGの翌日の話。
03/12/24
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