歪んだ時計や不可思議なオブジェが無造作に並べられている。

だが数ある時計はひとつとして時を刻んでおらず、またこの空間に生き物の気配はまったく感じられない。

ルージュは妖魔の君ヴァジュイールに言われたとおり、砂の器で割れた砂時計の砂をすくった。

以前来た時は手ですくってもさらさらと零れ落ちた砂も、妖魔の名工ゴサルスが作った器ではいとも簡単に砂がすくえた。

ルージュは器を手に持ち石段を一つ一つ上った。

これから起こるであろう死闘を頭に思い描きながら。

 

―――勝つのは僕だ。否、勝たなければならない―――

 

砂時計の上部に登り、器から砂を砂時計に移すと周りの時計が一斉に時を刻み始めた。

かちかちと音を立てて時を刻み、歯車が回る。

悲運の始まりを告げるかのように狂おしい音を立てて柱時計の鐘が鳴った。

その音と同時にかしこに刻まれた黄道十二宮の紋章<エンブレム>の上で凍りついた像のようになっていたモンスター達に息吹が吹き込まれる。

ルージュはその様子を見ると砂時計から飛び降りた。

黙って奥へと進む。

先ほどまでいくら操作しても微動だにしなかった桟橋が軋んだ音を立てて対岸への道を作った。

ルージュはその奥にある扉を開けた。重い音を立てて扉が開いた。

部屋の中央には男が立っていた。

ヴァジュイールの話では男は妖魔のはずだったが、鍛え上げられた筋肉とがっしりした体つきは一般的には貴族的な風貌であるはずの妖魔にふさわしくないものだった。

ルージュが部屋に足を踏み入れても男はルージュの方を振り向きもせずにただ遠くを見ていた。

「あなたが…時を統べる妖魔。時の君ですか」

ルージュの声に男は振り向いた。

端正な容貌ではあったが瞳はどこか虚ろな感じがした。

「何故…私の時を動かした…」

時の君は問うた。

「僕は…時間を統べる力が欲しい。僕はこれから大切な人をこの手で殺さなければならない。

…命令は絶対だ。けれどもし時間を止める事が出来たなら…その人は死ななくてもいい。

そして時間を戻す事が出来るなら…僕は幸せだった昔に帰りたい。

まだ二人で逢う事が出来た頃か…或いはまだその人の事など知らなかった頃へと」

時の君はゆっくりと首を振った。

「人間の青年よ。

完全に時を操るなど如何なる者でも…神でさえ不可能だ。

失った時を戻す事など出来ぬし、時を止める事もまた然りだ。

時術はそのように使うものではない。ほんの一瞬の時間を与える術だ。

私でなくお前が使おうともそれは変わらぬ」

「それは…やってみなければわからない!

僕が今すべき事は…貴方を倒してリージョン界ではただ一人しか持てないという時術の資質を僕が継承することだ!!」

ルージュの身体がわずかに魔力を蓄積し始める。

時の君は目を伏せた。だが彼の身体にもまた妖力が蓄積され始めている。

「そうか…好きにしろ」

互いのエネルギーが一挙にぶつかった。

 

 

死闘の末、勝ったのはルージュだった。

ルージュは膝をつく時の君を見下ろした。

時の君は静かに呟いた。

「例え資質を手に入れようとも…お前には乾きしか残らぬ。

時術はお前が望むような術ではない。

時術の力の無さに絶望し…またいっそうお前の過去への”乾き”は強まるだけだ」

「!」

ルージュは目を見開いた。

その様子を見て時の君はふっと笑った。

ルージュは時の君を睨むと言った。

「でも僕はこうするしか術(すべ)を知らない。

…主を失ったこの空間はもう崩れる。

自分の作った空間と一緒に死んでください。

安らかな眠りを…」

ルージュは胸の前で小さく十字を切ると、ゲートの術を使った。

 

 

クーロンの暗い街角でルージュは階段に腰掛け、砂の器を見つめてひとりごちた。

「僕の望みの前では…確かに時術は無力だった。

こうなったら仕方ない…せめて僕の手で安らかに逝けるように殺してあげる。

待っていて、ブルー…」

ルージュは微笑んだ。

手のひらの上の砂の器が粉々に砕け散る。

 

 

運命の戦いまで、あとわずか。


時術を選んだ理由を考えて見た。

03/05/02

BACK

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送