静かな庭。
そこだけ別の世界のように人から隔離されたその庭の片隅に血のように赤い薔薇が咲いている。
ブルーはあでやかな花びらに露を宿したその華をぼんやりと見つめていた。
一本手折ろうかとブルーが手を伸ばした時ふいに後ろの茂みに人の気配を感じてブルーは振り返った。
「やあ」
姿を現したのは双子の弟のルージュ。
髪と同じ銀色の蛇を腕にからませている。
ブルーと目が合うとルージュは邪気の無い笑みを見せた。
真紅の法衣についた塵を払うと彼は言った。
「こんなとこにいたの」
「何処にいようと俺の勝手だ」
「またそれ」
ルージュは穏やかに笑った。その顔には何処か寂しそうな影があった。
ルージュが首をもたげた蛇に軽く口づける様子を見てブルーは口を開いた。
「…噛まれて、毒に冒されても助けてやらんぞ」
「いいよ。…それにこいつは噛まないんだ。
ブルーこそ…薔薇にそんなに手を近づけて、怪我でもしたらどうするの」
ルージュは諭すように言うとブルーに一歩近づいた。
ブルーはルージュにきつい眼差しを向けるとそっぽを向いた。
ルージュはブルーをちらっと見たがすぐに目の前の薔薇に目を移した。
「綺麗な薔薇だね…でも棘は鋭い。色は違っても誰かさんみたいだ」
くすくすと笑うとルージュはまたちらっとブルーを見た。
ブルーは知っていてわざと背を向けた。
「ねえブルー。薔薇にはどうして棘があるのかは知っているよね?薔薇も…こいつも一緒なんだよ」
ルージュはそういうと銀の蛇を愛しげに撫でた。ブルーは答えなかった。
「薔薇に棘があるのも、蛇が毒を持つのも…みんな弱い自分自身を守る為。ブルー、君も同じだよ」
「…何が言いたい」
ブルーはイラついたように言った。ルージュは続けた。
「君自身が持つ冷酷さという棘、言葉という毒…皆脆い君自身を守る為の鎧。
いくら魔力が強くても、君は…君自身が思っているほど強くない」
「…やめろ」
「その鮮やかな毒で人を遠ざけて自分を守っているんだよ」
「黙れ!!」
ブルーが珍しく声を荒げた。しかしルージュは動じなかった。
「そうやって自分の殻に閉じこもって…何を恐れているの?自分の心に踏み込まれるのが怖いの?」
ルージュはふっと息を吐くと呟いた。
「…他人が怖いの?僕が…怖い?」
ブルーは背を向けたまま黙っていた。
「僕が…怖いの?」
ルージュは繰り返した。
ブルーは答えなかった。
ルージュは背を向けたままのブルーにそっと近づくとその金の髪にそっと触れた。
そして後ろからそっと抱きすくめた。
「やっぱり僕が怖いの…?君の肩、震えてる。
ねえ、例え誰を怖いと思っても…僕だけは拒絶しないで…
僕は君の事が大好きだから…僕の事だけは怖がらないでいいんだよ…」
「近づこうとしなければ…」
ルージュの腕の中のブルーがぽつりと呟いた。
「え?」
ルージュは聞き返した。
「近づこうとしなければ他者が怖い。近づいたら近づいたで失うのが怖い。…どのみちろくな事は無い」
「ブルー…」
何も言わなかったブルーがほんの少しでも心情を漏らしてくれた事をルージュは嬉しく思った。
ルージュは名残惜しげにブルーの体温がほんのり伝わる腕を解いた。
そしてゆっくりと踵を返すと肩越しにこちらを見ているブルーに話しかけた。
「だんだん…ガードが厳しくなってきてる。次に抜け出してこられるのはいつになるか…
けど…その頃には、君がもっと僕の事を好きになってるといいな…」
ルージュはそう言い残すと薄く霧のかかった林の中に消えて行った。
ブルーはそれを引きとめるでもなく黙って見送るとそっと溜息をつき、まだルージュの熱が僅かに残る肩にそっと触れた。
必ずどちらかは命を失うと定められている宿命の双子なのに。
「何故俺は…俺達は…自らの首を絞めるような想いばかり抱くのだろう」
失う事が怖いのに。必ず失うと分かっているのに。
失うくらいなら…いっそはじめから手に入らない方がましなのに。
互いを駄目にしてしまう愛だとわかっているのに。
想いを止める事は出来ない。
細い霧雨が降り出した。
軽く舌打ちするとブルーは踵を返した。
逢引き。
02/12/05
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