065:A Sparrow In Winter
1291年、ワイド。ディアナは身重の身体で庭に出ていた。
冬の空気は冷たいが、今日はよく晴れていて日差しは暖かく、青い空はどこまでも高い。
「あーあ、あの人はどこに行っちゃったのかしら?綺麗な女の人を追いかけて…
もうすぐいよいよあの人との赤ちゃんも生まれるっていうのに、いったいどこをほっつき歩いているのかしら…しょうがないパパね?」
ディアナはそうお腹の中の赤ん坊に語りかけると、大きなお腹を撫でた。
「でもね、あれでいいところもあるのよ…何だかんだいって頼りになるし優しいし、それにとっても強くてカッコいいの。
あなたもきっと自慢のパパに思うこと間違いなしよ」
ディアナがゆっくりと庭を歩いていると雀が必死に地面をつついていた。
食べ物の少ない冬に、雀はほとんど何も落ちてないような地面を飛び跳ねてはつつき、飛び跳ねてはつつきを繰り返している。
「あらあら…お腹がすいているのかしら?」
ディアナはふと思いつくと裏口から厨房に戻り、パンくずを雀の足元に零した。
「少しだけどお食べなさいな」
雀はチュンチュンと鳴きながらパンくずで腹を満たし、どこかに飛んでいった。
翌日、産気づいたディアナは一人の女の子を出産した。
子供はヴァージニアと名づけられた。何故か彼女の生まれた日、外では雀がしきりに騒いでいた。
「何かあったのかしら?」
ディアナが出産の手伝いに来ていた近所の女性に尋ねると、彼女は外をわざわざ見てくれた。
窓から外を覗いても別段変わった事はなく。けれどディアナは何だか胸騒ぎを覚えた。
数日後。
その日も同じように、降るように雀の鳴き声が響いていた。
ディアナは揺りかごをソファに乗せて自分はその隣に座り、ヴァージニアを寝かしつけていた。
そうこうしているうちに自分も何だか眠気を覚えてうとうとと眠りに落ちていった。そしてディアナは夢を見た。
「ディアナ…」
よく響く、男の声が聞こえた。それは懐かしい響き…彼女の夫、リチャードの声だ。
「ごめん」
夫は…リチャードは項垂れるように頭を下げた。
『何のこと?』
ディアナは問うた。けれど彼女の声は透明で、夫の耳には届いてないようで。リチャードはもう一度言った。
「本当にごめんな」
リチャードは拳を握り締めた。
「オレは…もうだめだ。もう君にもオヤジにも…生まれてくる子供にも会えない。
ワイドに無理やり行かせた事…君は怒ってるかもしれないが、危険な目にあわせたくなかったんだ」
『待ってよ、何の事を言ってるの、リッチ?』
「こうするしか方法が無い。オレは…に身体を乗っ取られたんだ。このままじゃオレはオレでなくなってしまう」
それまでリチャードの姿しか浮かび上がっていなかった光景に、ぱっと明かりが差したように背景が浮き上がった。
見たことも無い場所に夫はいる。毒々しい色の虫の羽、半透明の繭。悪い夢そのもののような世界。
「片をつけなきゃいけないんだ。終わらせなきゃいけない。約束、守れなくてごめん。…本当に残念だ。…ディアナ…愛してる」
リチャードはそこまで言うと地面を蹴った。昏(くら)い淵へ、リチャードの姿が消えていく。
『!!』
ディアナは声にならない叫び声をあげた。
「あ…」
ふと目を覚ますと、降り注ぐように響いていた雀の鳴き声もぴたりと止んでいた。
窓辺に目をやると、ディアナを見つめていた一羽の雀がぱっと飛び立った。
それと同時に、うっすらと感じられたよく知ったアニマもふっと消えた。
悪夢を思い出してディアナの目から大粒の涙がこぼれ始めた。
「うっ…ううっ…」
堪えようとしてもぼろぼろと涙がこぼれてくる。離れたところで本を読んでいたウィルが驚いて、ディアナに駆け寄った。
「どうしたんじゃ、ディアナ!?」
「おじいちゃん、リッチが…!」
ディアナは長い睫毛に露を宿し、今見た夢を語った。
「―――!」
ウィルは声も無く呻いた。
去ったはずの冬の雀が、静かに窓からその様子を見守っていた。
夢、って結構暗示的。
まして「アニマ」という特殊な概念をもつこの世界ではますます、何かを「感じ取る」事が多いんじゃないかな。
04/01/09
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