046:Her Name
コ コ ロ ニ カ ギ ヲ
ウータイに立ち寄った時のこと。
ユフィのマテリア窃盗・逃走事件も無事解決し、一行はウータイに宿を取って休んでいた。
ティファが一人で橋に立ち川のせせらぎを眺めていると、側でまだ2つ3つくらいの、一人の子供が泣いていた。
訳を聞く母親と子供の会話を何気なく立ち聞いていると、本当に取るに足らない事だった。
文脈も何もなく滅茶苦茶に話す少年の話を要約すると、何か欲しいものがあったのにそれを奪い合って喧嘩して、挙句相手の子にぶたれたようだった。
大口を開け鼻水を垂らし、目にいっぱいにためた涙を滝のように流して叫ぶように恥も外聞もなくと泣き喚く。
母親はそんな子供を諭しながら抱きかかえ、あやすように揺らしながら去っていった。
ティファはその様子を見て深い溜息をついた。心優しい彼女が、子供がうるさいとか見苦しいとかそんな風に思ったわけではない。
意外にも彼女は、あの子供が羨ましいと思ったのだ。欲しいものを「欲しい」と泣き、「悔しい」と泣き、「痛い」と泣く。感情を率直に表現する最も良い方法だ。
豪快でいっそ清々しいまでのあの泣き方をティファは本当に羨ましいと思った。
欲しいものをそこまでして強請る事も出来ず、悔しい時も痛い時も悲しい時も…
殺してやりたいくらい人を憎んだ時も、不安に押しつぶされそうでどうしていいか分からない時も、真実を言えずにいる罪悪感に耐え切れない時も。
ティファは人に知られないようにただ声を殺して泣く事しか出来なかった。
誰かに聞いてもらい共有する事が出来ればこの気持ちも少しは変わるかとも思ったが、誰に相談する事も出来ない。
声を殺して泣ければまだ良かった。泣く事すら許されない時もあった。そういう時は歯を食いしばって耐えた。
あんな風に大声で大口を開けて泣き叫び、涙が尽きた時には足も軽くなるのだろう。
さっきの子供は現にこうしている間にも母親の手を離れまた笑顔で駆け出している。
けれどそうできずにいるティファの中には何かがどんどん溜まっていって、足取りも気持ちも重くなっていく。
だんだんと大人になるうちにティファはあの少年のように泣き叫んで感情を表現する事も忘れ、心に鍵をかけつつあった。
クラウドへの淡い恋心、5年前の真実、エアリスへの憧れと僅かな嫉妬…
全部心に鍵をかけて。折角鍵をかけたのに泣き叫んだら全てが溢れてしまいそう。
「…どうしたらいいんだろう」
ここまで来てしまって。いつになったら彼へ真実が言えるのだろう。
いつになったら自分はこの罪悪感と得体の知れない不安とから解放されるのだろう…
ティファは泣き出したいような気持ちに襲われた。
けれどそれを何度も堪えていくうちに泣き叫ぶ事を忘れ…そう、今だって。
一筋の涙しか流せやしないのだ。
ティファの苗字は「心に鍵を」とも取れるので。
04/01/26
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