009;It Thunders
「かみなりって、かみさまがならしているんだって。あのいなずまでわるいひとをさばくんだって」
「神が鳴らすから『神鳴り』か…なるほど、よく言ったものだ」
「何のこと?」
遠くで雷が鳴っている。南の空が時折光っていた。
ヴァンアーブルは窓辺に腰掛けてその光景を眺める金髪の青年に問うた。
金髪の青年は派手な衣装にひときわ目立つ紅いマフラーを首に巻いていた。
伏せられた切れ長の瞳からは色素の薄い、氷色の瞳が覗く。
茶髪の少年術士、ヴァンアーブルは青年のすぐ側に2人分の紅茶と焼菓子を置くと手近な椅子に腰掛けた。
「少しは何か食べた方が良いんじゃないの?ヨハン」
ヴァンアーブルは早速手を伸ばすとバターのたっぷり練りこまれたクッキーにかじりついた。
「…甘いものは好かない」
ヨハンと呼ばれた金髪の青年は美しい装飾の施されたカップに手を伸ばすと薄い唇をカップにつけた。
「別にお菓子を食べろって言う意味じゃないんだけど…君は少し食事に無頓着すぎるよ。だからそんなに細くて血色が悪いんだ」
幼い外見のわりになかなかに口達者な少年術士は年上の青年をたしなめた。
なんだか不思議な光景だが、ここハン・ノヴァの館ではもう珍しくない光景になっていた。
ヨハンは答えなかった。
コミュニケーション能力に乏しいこの男はまともに返事を返すことが少ないので、ヴァンアーブルはあえて何も言わなかった。
「ねえ、それよりさ」
窓の外の遠雷を聞きながらヴァンアーブルは口を開いた。
「さっきの、何のこと?神様、って?」
「雷は…雲の上の天上で神が鳴らしているから『神鳴り』と言うのだそうだ。だからあの稲妻は神の正義の象徴で、咎人(とがびと)を裁くと言うわけだ」
自分から言い出したことの癖に、やけに面倒くさそうにヨハンは答えた。
ヴァンアーブルは素直に感心した。一呼吸おいてヴァンアーブルは呟いた。
「遠くで見てるとさ、なんか綺麗だよね」
ヴァンアーブルの言葉にヨハンはさらりと返した。
「どうかな…あの雷はいずれ俺を打ちにくるだろうさ。俺はそれが怖いんだ」
「怖い?君が雷が怖いなんて意外だね」
ヴァンアーブルは目を丸くしてヨハンを見たが、ヨハンの目は窓の外の遠雷を虚ろに捉えていた。
「確かに怖い…が… …その時を待ちわびているようにも思える」
「待ってるの?」
ヴァンアーブルは怪訝そうに首を傾げた。
「俺は咎人だからな」
ヨハンはまた呟くとカップを取った。まるでヴァンアーブルではない誰かに話しかけているような、愛想もそっけもない話し方だ。
脈絡がなく、意図もわからない。自分のことなのにどこか他人事のように話している。
ヴァンアーブルは肩をすくめた。
「よく判らないや」
「要するにだ」
ヨハンは切れ長の目を細めると呟いた。
「神の鉄槌<ヴィネアム・ドミニ>が俺に裁きを下すという事だ」
「…ますますわからないよ」
ヴァンアーブルは溜息をついた。自分と彼の会話はよくこういう結末で終わる。
どこか食い違った会話をしていて、ヴァンアーブルが呆れるかヨハンが黙るかして会話が途切れるのだ。
「でもさ」
ヴァンアーブルは息を吸うと言った。
「大丈夫だよ、ヨハンに神様は罰なんか下さないよ。だってヨハンはもう暗殺者じゃなくて、ギュスターヴ様の護衛なんだもの」
ヨハンはそれを聞くと一瞬笑ったように口元を歪めた。
そして手元に目を落とすとぼそりと呟く。
「…そうか…」
ヴァンアーブルはその様子を見るとなんだかほっとした。
話をしている間中張り詰めていたヨハンのアニマが落ち着いたのを感じ取ったからだ。
ちょうど会話が途切れたところでヴァンアーブルは椅子から降りると部屋の隅にある本棚に向かって本を探し始めた。
ヨハンはそんなヴァンアーブルの背中を見ながらそっとシャツのボタンをはずした。
「…まあ例え俺に神の裁きが下らなくても、いずれ今までの罪に相応しい死罰が下るだろう」
ヨハンは背を向けるヴァンアーブルに気づかれないようにそっと呟く。
はだけたシャツの胸元から、蠍の烙印が覗いた。
ハン・ノヴァで。
03/11/04
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