008;A Slingshot
その日マルーはユグドラシル内にある自室の掃除をしていた。
部屋の掃除や整理はキリがないもので、なかなかうまく片付かない。
「なんだ、まだ終わってねーのか」
バルトがひょいっと部屋を覗く。
マルーは顔を上げた。
「あ、若。なかなか片付かないよ」
「こーゆーもんはぱっと捨てちまえば良いんだよ。取っといても使わねーだろ」
バルトは色々なものがごちゃっとまとめてある箱を指差して呆れた。
古い日記や、手紙や、ぼろぼろのぬいぐるみなどが箱に詰まっている。
「わからないかなあ。思い出があるものは捨てられないんだよ。ほら、若、これ覚えてる?」
マルーはそういうと箱の中をごそごそと探った。
そして古びたゴムのついた木の枝をバルトの前に差し出す。
「お!これは…」
バルトはそれを手に取るとじっと見つめた。
「昔ニサンに若が遊びに来たときに、若がオバケの話をして…そしたらボクは怖くて眠れなくなっちゃったんだよね。覚えてる?」
「ああ…覚えてるさ」
ニサンでの夜。幼い二人は同じベッドに寝そべっていた。
「ねぇ、若…月のない夜はオバケがいっぱいいっぱい出るんでしょ?それで、オバケは子どもを食べちゃうんでしょ?」
マルーは不安げに尋ねた。
「ああ、さっき話したろ?」
バルトはそっけなく答える。
マルーは窓の外に一旦目をやると毛布を首元まで引っ張って呟いた。
「じゃあ、今日みたいな月がない夜はオバケが出るんだ…
ママやおばあちゃんや、シグや爺やが気づかないうちにオバケに食べられちゃったらどうしよう…」
マルーはか細い声でそう呟くと、めそめそと泣き出してしまった。
木の葉の擦れるざわざわという音が、いっそう幼い子の不安を煽る。
風に揺れる木の枝も、お化けの手招きのように見えて。
「怖いよ〜…若ぁ…」
昼間は賑やかだった街もしんと静まり返って、幼い二人だけがこの街に取り残されたようにさえ思える。
マルーの小さな身体は縮こまって更に小さく見えた。
バルトは決意したように懐に手を入れると二股に分かれた木の枝を取り出した。
そして起き上がるとマルーの頭をぽんぽんと撫でる。
「よし、安心しろ!オバケが来ても俺がマルーをこれで守るから、大丈夫だ!」
少年は得意そうに木の枝で出来たパチンコを見せると、ベッドの端に座り込んだ。
「よーし、来るなら来いッ!」
バルトはそう言ってきょろきょろと周りを見回す。
マルーはその様子を見ると泣き止んだ。そうして、暫くすると安心したように眠りに落ちた…
「あんなお化けの話なんかでびびってたんだぜ、仮にも“大教母様”が」
バルトは悪戯っぽく笑う。マルーはぷうっと頬を膨らませた。
「もうっ!その呼び方は嫌いなんだってば!それに若だってそんな事いってもあの時震えながらこれを構えてたじゃんか!」
「うっ、うるせえなっ…震えてなんかいねえっての!」
マルーは狼狽えるバルトの様子を見てころころと笑った。
しかし、ふと笑うのを止めるとぼそっと呟く。
「…でもね、若が『俺が守るから、大丈夫だ!』って言ってくれた時とっても嬉しくて、安心したんだ」
えへへ、とマルーは頬をほんのり染めて笑った。
途端にバルトの脈が跳ね上がる。
バルトはそれと、顔が赤くなったのを悟られないようにあわててマルーに背を向けると言った。
「ま、まぁんな事ぁいいからさっさと片付けちまえ!」
「わかったよ、怒鳴らなくてもいーじゃんかぁ」
マルーはバルトが棚に置いていったパチンコを手に取ると、大事そうに引き出しにしまった。
「思えばボクの初恋は、あの頃から続いてるんだなあ」
全然進歩ナイけど、とマルーはひとりごちた。
2人とも気づいていないけれど、彼らの恋は確実に育っている。
花開く日もきっと近い。
バルマル。素直じゃない若がイイ。本編での「若ったらローバイしちゃって!」のイベントが好き
03/10/31
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