赤色 緑色 青色 黄色
パパのくれたクレヨンはとってもきれいな色
001;Crayon
「これがパパ。これはママ。これがおじいちゃんでこれがリルム」
まだ鉛筆を握る指が鉛筆よりも細いような幼い少女が膝に抱えたスケッチブックに一生懸命何かを描いている。
「リルム。何をしているんだそんなところで」
少女の父親はスケッチブックに身体半分隠れてしまうような小さな少女の側に屈んだ。
「あのね。これがパパ。これがリルムでこれがママで、これがおじいちゃんなの。
リルムは赤いリボンしてるの。ママはパパにもらった指輪をしてるのよ」
少女はスケッチブックに描いた拙い絵を得意そうに指差しながら説明する。
鉛筆でかかれた絵の中の赤いリボンは黒く塗られていた。
「そうか…」
彼女の父親は切れ長の目で、無口で、感情表現が乏しかった。
母親は長いこと病気で床に伏せていた。
「パパの顔、ここに大きく描いてあげる。じっとしててね」
少女は鉛筆を握ると画家がするように父親の顔とスケッチブックに交互に目を向けながら
一生懸命に父親の顔をスケッチブックに描きつける。
みみずがのたくったような線だが心はこもっているようだ。
出来上がった絵の中の父親はお世辞にも似ているとは言えなかったが本物よりも少し和らいだ表情をしているように見えた。
「…いつもこれで絵を描いているのか」
父親は鉛筆を持つと少女に問うた。
「うん。おじいちゃんが絵を描くならこれで描きなさいってくれたの」
少女は父親から鉛筆を受け取るとまた描きはじめた。
父親は少女の手元を見ながらしばらく何か考えていたようだった。
数日後、父親は村の小さな雑貨屋でクレヨンを買ってきた。
「リルム、手を出してごらん」
少女が小さな手のひらを精一杯広げると父親はその手のひらに小さな箱を置いた。
「なあに?開けてもいい、パパ?」
父親がうなずくと少女はわくわくしたように箱を開けた。
「わあ!」
赤、黄色、緑、青、橙、空色、桃色…
色とりどりのクレヨンが箱の中に行儀よく並んでいた。
少女にはそれがまるで宝石箱のように見えた。
「すごい!!パパ、これリルムにくれるの?
「ああ」
少女は父親に抱きついた。
「ありがとう、パパ!リルム、これすっごくすっごく大事にするね!!」
少女はまた一家の絵を描いた。
少女と、両親と、祖父が花畑でピクニックをしている絵だった。
赤い苺、黄色や桃色の色とりどりの花、青い空、橙色のランチョンマット。
少女は初めて手に取ったクレヨンのすべての色を使って鮮やかな絵を描いた。
少女はその絵を病床の母に見せると得意そうに説明した。
「あのね、パパはココアを飲んでるの。おじいちゃんはたまごのサンドウィッチ。
ママは林檎を剥いててリルムはケーキを食べてるの。
ママが元気になったらこういう風にみんなでピクニックに行きたいな」
母親は弱弱しく微笑んだ。
「そうね…ママが元気になったら…いつか…
…本当に楽しそうね。リルムは絵が上手ね…」
その夢は叶わなかった。
父親も、喪の明けぬうちに姿を消した。
それから数年がたち、少女は10歳になった。
絵の腕もかなり上達し、その才能を戦う力とすることも出来た。
「おっちゃん。似顔絵描いてやろうか?」
暇つぶしに飛空挺の中を歩き回っていたリルムは覆面の男、シャドウに声をかけた。
アサシンを名乗るこの男は覆面の奥から切れ長の瞳を覗かせた。
普段なら仲間との関わりなどほとんど持たないこの男がめずらしく誘いに乗った。
「そうだな…ひとつ、描いてもらうか」
断られると思っていたのだが意外な返事にリルムはほけっと口を開けた。
だがすぐにシャドウの前に座り込むとスケッチブックと絵筆を取り出した。
「モデルは動くなよ」
『パパの顔、ここに大きく描いてあげる。じっとしててね』
リルムは絵筆を滑らせた。一流の画家も舌を巻くほどの手つきだ。
「覆面とんないのか?」
「…これが私の顔だ」
「へいへい」
リルムは慣れた手つきで色を乗せていく。
「…いつもこれで絵を描いているのか」
シャドウは絵筆を指差した。
「はぁ?何言ってんのいつもこれで描いてんじゃん」
生意気な口を利きながらも手は休めない。
「クレヨンは使わないのか?」
「クレヨンなんか使わないよ」
「…そうか…」
シャドウは少し残念そうな顔をした。
それがリルムに伝わったかどうか。
「昔はよく使ってたんだ。でも大事な人にもらったクレヨンは全部使っちゃうのがもったいなくて…
そんで今でも取ってある。使わないけど時々出して眺めてると元気が出るんだ」
リルムは絵の下の方にサラサラとサインをするとスケッチブックから絵を切り離してシャドウに手渡した。
「ん。出来たよ」
シャドウは絵を見つめた。
「なかなかよく描けているな」
昔のみみずののたくったような絵とは違い、名のある画家の絵と並べても恥ずかしくない絵だ。
切れ長の吊り目の目元を少し優しげに描くのが昔からの癖で、それは今も変わっていなかった。
「ちょっといい男にしといたよ」
リルムはそういっていたずらっぽく笑うとまた他の仲間に声をかけに言った。
シャドウは幼い頃のリルムを思い出していた。
『ありがとう、パパ!リルム、これすっごくすっごく大事にするね!!』
少女は自分が失踪した父親だという事に気づくだろうか。
否、気づかないだろう…気づかない方が幸せかもしれない。父親が暗殺者だなどと。
シャドウは絵を見つめて深い溜息をついた。
少女が見た自分が絵の中の自分なのだろうか?
絵の中の暗殺者は少し優しげな表情をしているように見えた。
03/05/03
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