夜の11時を回っていただろうか。
自室で雑誌を広げてくつろいでいたザックスの、携帯電話のコール音がなる。
「はい」
無機的な電子音を鳴らし、ザックスは電話を受け取る。
「ザックス?あの、頼みがあるんだけど…」
酷く遠慮がちに、けれど唐突に話を切り出したのは、ザックスの友人であるハル・グリーンウッド。
友人というのは正しくないかもしれない。正確に言えば、任務中に行方不明になった先輩の彼女。
もっと言ってしまえばザックスが密かに思いを寄せる相手でもある。
プレイボーイと名高いザックスも、彼女には口に出来ない純情な思いを抱いていた。その彼女からの頼みとなれば引き受けないはずがない。
「何だ?」
「本当に申し訳ないんだけど…」
「いいって。お前にはいつも世話んなってるし」
ソルジャー昇格試験の前に筆記対策の勉強を教えてくれたのも彼女だし、彼苦手のデスクワークは時折憎まれ口を叩きながらもフォローしてくれる。
「手伝ってほしい仕事があるの」
「いいぜ、お安い御用だ、じゃあ今からお前んち行くわ」
こんな時間に恋人でもない男を部屋に入れるというのはそれだけ彼女がザックスに対して大きな信頼を寄せているという事で、ザックスとしてもそれには応えなければいけないわけで。
『けどよ…いつまでもつかね』
ザックスは苦笑して、上着を身に纏った。
「彼女」の部屋は一旦外に出ないといけない棟の4階にある。カードキーをリーダーに通して棟に入ると、エレベーターのボタンを押す。
物音ひとつしない薄暗い棟で、エレベーターの駆動音だけがやけに低く響く。
4階について、奥の方の右手の部屋のドアの前に立つと、客人を予測しロックは既に解除されていて、軽い音を立ててドアが開いた。
さらに奥の扉を軽くノックすると、彼女がドアを開ける。
銀髪に、左右色の違うガラス玉のような瞳、薄い唇。色の白い肌は雪国で育った者が持つ透き通るような柔肌だ。
こんな造型を持つものが元ソルジャー、今は軍医として神羅軍の中にいるなんて誰が想像つくだろう。
「こんな時間にごめんなさい」
「何度もいいって」
覗き込めば、部屋中央のテーブルに積まれたかなりの量の書類。
聞けば、ソルジャー候補生のリストから一定の成績以上のものを選出する作業の途中でハードが壊れてしまい、
バックアップも取り出す事が出来ず、結果別件のために印刷しておいた名簿から手作業で抽出しなければならなくなったとのことだった。
「データの管理のしかたがいい加減だよな…ったく」
「今年の春に入った新人の女の子が作ったデータらしいの」
ははあ、とザックスは理解した。要するにその新人の女の子がやっちまったミスをカバーするためにこんな面倒な仕事引き受けたんだな。
普段は冷たい事を言っているが何だかんだで情に厚い。そんなところも好きなんだ、とザックスは心の中で呟いた。
「しかし結構な量だよなあ」
コレでチェックしていけばいいんだよな、とザックスはラインマーカーを手に取った。
ハルが頷く。このところ連夜この作業に追われていたのだろう、彼女には疲労の色が濃く見えた。
薄い、けれど完璧な化粧で隠されてはいるが目の下にはうっすらとクマが見える。
昼間は別な仕事をしなくてはいけないし、さすがに間に合わないと感じて助けを求めてきたのだろう。
頼られるのは素直に嬉しい。けど、もっと早く頼んでほしかった。
ハルは書類を半分か、それより多く抱えると、ソファに腰を下ろした。
小さなテーブルの上では2人分の書類は広げられないから。
2人とも黙って作業に取り組む。
デスクワークは苦手といえど疲れのない分、ザックスの方が圧倒的に早く仕事を仕上げていく。
ザックスがハルの持っていた書類の束から半分を取ったのは時計の短針が1を指す頃。
ほぼ仕事に目処がついたのはさらに時計の短針が2を指した頃だった。
「…私の分は終わったわ。そっちにまだチェックしてないの、ある?」
「いや、俺が今やっているので最後だ」
本当は彼の今チェックしている書類の下に、2枚ほど名簿はあった。
けれどもう彼女は十分すぎるほどやった、あとは俺に任せてくれてもいいじゃないか。
「そう。全部終わったら何か飲み物でも入れるわ」
「いいから、休んでろって。疲れたろ?」
ザックスが手を休めずそういうと。
「…うん」
強がりの彼女にしては珍しく、頷いた。
「ちょっと休んでもいい?」
彼女は身体をソファに預ける。
「ダメなんて誰が言うかよ」
「…ありがとう、ザックス」
「いいって。こんくらい」
それからザックスは作業に集中する。彼女に今やってるので最後、と言った以上あまり長くやっていると彼女に怪しまれる。
ふと、気づくと彼女は寝息を立てていた。人前で寝ているのをあまり見た事がない。
珍しく思ったが、裏を返せばそれだけ彼女は疲れていると言う事だ。
ザックスは手早くチェックを終えると、ソファで眠る彼女の隣に腰を下ろした。
そして彼女の猫っ毛をそっと撫でる。人一倍気配に敏感な彼女が目を覚まさないということはそれだけ疲労があることと、彼に気を許している証拠か。
『このまんま放っておいたら風邪引くよな』
ザックスは寝ている彼女を起こさないようにやんわりと彼女を姫抱きにすると、奥にきちんと整えられているベッドへと丁寧に寝かせた。
「んん…」
目を覚ましたかと思ったが、彼女は深い眠りに落ちているようで、変わらず規則正しい寝息を立てていた。
聞こえてないのは判っているがザックスは彼女に呟く。
「…ハル、おやすみ。俺帰るな」
無防備な彼女に対して、あらぬ考えが一瞬頭をよぎる。
『やべ、俺疲れてるよ』
軽く被りを振るとザックスは、もう一度彼女が眠っている事を確認した。
「ハル?」
幾度か小声で呼んでみて、返事がない事を確認する。
そしてザックスはそっと呟いた。
―――――愛してる。
そのまま足音を立てないようにザックスは去る。
電気が消え足音が遠く去ってから、ハルは薄目を開け、毛布を喉元まで引き上げた。
そしてぼそりと呟く。
「…意気地なし」
面と向かって言う勇気がないなら、何も私の気持ちをかき乱さなくたっていいのに。
そんな事を考えながらハルはまた眠りへと落ちていった。
でもやっぱり報われないザックス(笑)
04/09/28
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