ハロウィンの日。ハルは街頭で道化師の格好をして道行く人、特に子供達に菓子を配っていた。

知人に頼まれた仕事で、週末の一日を潰す代わりにささやかな報酬が出る。

その知人はハロウィンのこの日に新しく菓子屋を開店し、彼女を始めとした数人の男女を使いハロウィンの仮装をさせて宣伝をしていた。

ハルはシルクハットに黒いマント、白い手袋…

まるで英国紳士のような格好に道化の化粧をしていてその中性的な顔にオッドアイの瞳も加わって不思議な雰囲気をかもし出していた。

その他には狼男の着ぐるみを被った男性に、小悪魔に扮した青年、魔女の格好をした女性がそれぞれ違う菓子を配っていた。

一旦人通りの減る6時半過ぎの時間帯を見計らって道化師の方に魔女が寄ってきた。

「ハル、カッコいいね〜。男の人みたい」

魔女に扮した女性がひょこっと顔を覗き込む。

黒いレースが惜しげもなく使われた漆黒のドレス、ふわふわとした茶色の巻き毛を赤いリボンで結わえた上に魔女の帽子を被ったその女性は

小動物を思わせる利発そうな緑色の瞳で見上げてくる。

「男の人みたいって…エアリス…私は一応女だ…」

言われなれてはいるが一応指摘してみる。

エアリスは首を傾げた。それに合わせてお化けかぼちゃを模(かたど)ったピアスが耳元で揺れる。

「褒め言葉のつもりなんだけどな。とってもよく似合ってるよ!」

にこっと花のように笑うエアリスにはさすがのハルも勝てない。

「ああ、ありがとう…でもこれじゃ道化師と言うよりまるで吸血鬼だよね」

そこへ店主がやってきた。

「いいじゃないか、似合ってるし。さて、夕食の休憩取るから…また8時ごろから再開してくれ」

「…了解」

「は〜い!」

魔女も道化師も頷いた。

「いっぱい働かせちまって悪いね。でも看板娘が美女揃いで売り上げも上々だ。給料は弾むよ」

「本当?嬉しい!」

エアリスはにっこりと笑った。そしてハルの方を振り返る。

「ねえ、ハルは夕ご飯どうする?」

「…どこか食べに行っても目立つだけだろうし、近いから一旦自分の部屋に戻るよ」

ハルはシルクハットを被りなおす。シルクハットの隙間から鈍く光る短い銀髪が覗いた。

「ふ〜ん…じゃあまた休憩の後に、ね」

エアリスはひらひらと手を振った。背を向けて帰ろうとするハルを店主が呼び止める。

「ああ、ハル、ちょっと待ってくれ…エアリスも… 今配っている菓子、少し取っておけよ。

本当は仕事が終わった後やろうと思っていたんだが、このペースだと多分仕事が終わるまでになくなっちまうからさ」

そういうと店主は籠から一掴み菓子を取ると、持っていた紙に包んだ。そしてその包みをハルに渡す。

「ほら、部屋に戻るんなら置いてこいよ」

「ああ…ありがとう」

ハルは微笑し受け取ると、また去っていった。

 

★★★

 

部屋に戻る途中ハルはある事を思いついた。

「…そうだ」

ハルはそう呟くとエレベーターの指定階を変更した。

 

★★★

 

ある部屋の前に立ちドアベルを鳴らす。静かな足音が響き、部屋の主はそっとドアを開けた。

アッシュグレーの髪に魔晄の蒼い優しげな瞳、白いセーターにジーンズとラフな格好で道化師を出迎えたのは彼女の恋人である、ソルジャー1stのレイだ。

「TRICK OR TREAT」

ハルは悪戯っぽく目を細めると言った。それを見てレイもふっと笑う。

「随分欲のなさそうなハロウィンの客だね」

「別にお菓子が欲しくてきたわけじゃない…ただ、これを貴方に、と思って」

差し出した包みを受け取るでもなくレイは言った。

「まあとりあえず入りなよ。寒かったろ?」

10月の夜は寒い。彼女が着ているのは比較的厚着な衣装だが、それでも彼女の頬は寒さで紅くなっていた。

「…自分の部屋で夕食食べようと思って戻ってきたんだけど」

「その格好で作るのか?…たまには悪くないだろ?俺の作った夕食を食べるってのも」

言われるままにハルはレイの部屋にあがった。

 

★★★

 

シルクハットを彼のベッドの上に置き、マントを壁のフックにかける。そうしている間にレイは自分の作った夕食を運んでくる。

「貴方っていつも2人分の夕食作っているの?」

レイは湯気の立つポタージュを2つ、テーブルに並べながら事も無げに答える。

「…別にそういうわけじゃないけど、何となく君が来るかな、と思っただけさ」

ライ麦パンにバターにハムとチーズ、それにサラダをテーブルに並べるとレイは椅子に腰掛けた。そしてハルにも座るように促す。

ハルは腰掛けると問うた。

「来なかったらどうするつもりだったの?」

「明日の朝食べればいいさ。さ、食べよう」

レイは手を合わせるとライ麦パンにバターを塗り始める。

ハルはポタージュをすくって一口食べた。冷えた身体に温かさが体の芯からじわっと広がる。同時に南瓜の甘さが口の中に広がった。

「おいしい?」

レイが微笑しながらこちらを見ている。

ハルは頷き、口を開いた。

「おいしい…」

彼女の顔がふわっと和らぐ。

ハロウィンの日に南瓜のポタージュとは、彼も洒落た事をする。

 

★★★

 

食事を終えた後、レイはコーヒーを淹れ再び椅子に腰掛けた。

「お菓子を取りに来るんじゃなくて、もって来るなんて本当に変わった客だね」

レイは笑った。ハルがそっと包みを開けるとジャック-オ-ランタンや魔女や星を模ったクッキーが並んでいた。

「おもてなし(TREAT)をしてもらうだけじゃ悪いわ」

「もてなしに見合うだけのものはもうもらったよ」

レイはクッキーの包みを開けながらそっと目配せした。

「…何のこと?」

怪訝そうなハルにレイはそっと囁いた。

「君が来てくれた事…なんてね。君の随分と可愛い格好も見せてもらったし」

「!!」

ハルの顔にさっと赤みがはしる。かぼちゃのクッキーを齧るレイにハルは言った。

「も、もう… やっぱり悪戯(TRICK)しようかしらッ…」

「ご自由にどーぞ」

余裕の表情でマグカップを口に運ぶレイの頬にハルは啄ばむように口づけた。

「!」

突然の、予想外の出来事に目を丸くするレイにハルはにっと人の悪い笑みを見せた。

「…このくらいの悪戯は許されるよね?」

「…仕方ないな」

レイはふっと微笑んだ。つられてハルも、いつの間にか柔らかい笑顔になっていた。

 

★★★

 

 

ハロウィンの夜はまだ長い。遠くで子供達の声が聞こえる――――――

『TRICK OR TREAT!』

 

 


03/10/27

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