「次の任務は… …ちょっと憂鬱だな」

 

部屋の隅の簡素なデスクの上にある、ノートパソコンの傍らに置かれた数錠のクスリ。

ソルジャーならば何かしらのドラッグを服用することもないことではない。

ソルジャーの任務はたいていの場合過酷で、とりわけ精神的に大きな負担を強いる。

自分の命を失うかもしれない緊張感、命を奪う事への罪悪感、未知のモンスターと対峙する恐怖…

極度の負の感情に自身の精神力だけでは打ち勝てないのだ。

「……」

ハルは黙ってそのクスリを拾い上げた。

医者の家系生まれで僅かながら医学の知識があり、尚且つ察しの良い彼女はソレがなんなのかすぐにわかった。

物憂げな瞳がクスリを映し出す。ハルは溜息をつくとクスリを元に戻しソファに腰を下ろした。

「そういえば次の仕事は気が進まない、みたいな事を言ってた」

退屈そうに銀髪を指で梳くと、置時計を見る。

彼女の恋人はまだ戻ってこない。10分ほど前に急な呼び出しを受け、彼女を部屋に残して出て行った。

預かっていたファイルをすぐに返せと言われた、と言っていたからじき戻るだろう。

テーブルの上に置かれた2人分のアイスティーは、氷が解け始めてグラスの表面に水滴を宿している。

ハルは指を折って数えてみた。…付き合ってもう3ヶ月…じき4ヶ月だ。

彼が精神的に辛い時、頼るのが彼女ではなくクスリなのだとしたら…

3つも年が下の自分はやはり彼の支えになりきれていないのだろうか?ふとそんな考えが頭をよぎる。

グラスの表面から水滴が滴り落ちるのをみながらぼんやりとそんな事を考えた。

静かにドアが開き、アッシュグレイの髪の青年が姿をあらわす。

「ごめん、急に席を外して」

靴を脱ぎながら穏やかにそう言う。

彼の声も表情も、優しくて、穏やかで…側に居ると安心する。

自分にとっての彼がそうであるように、彼にとっての自分もそうありたい。

なのに、やはり自分はそうはなれないのだろうか?

「すっかり氷が解けちゃったね。これじゃ薄くなったかもしれない」

アッシュグレイの髪のソルジャー、レイはグラスを覗き込みながら言った。

ふと彼はソファに座るハルを見やると言う。

「…元気がないね。どうかした?」

「別に…」

人を気遣ってばかりだ。彼は腕前は一流でもソルジャーをやっていくには優しすぎるのかもしれない。

「そうだ」

思い出したようにレイは机の方に向かう。ハルはその背中を目で追った。

「あ、こんなものがあったか」

机の前に立つと彼はクスリを拾い上げた。ハルはそれをしまうとばかり思っていたが、レイはそのクスリをごみ箱にぽいっと投げた。

『あれ…』

「そのクスリ…」

ハルは思わず呟いた。レイは机の上から別な何かを拾うとハルの向かいに腰掛ける。

「ん?」

「レイの…じゃないの?」

レイは事も無げに言った。

「もらったんだ。そんなのより、これ」

レイはグラスを端に寄せるととテーブルの上に掌を伏せた。カラン、という2つの小さな音がなる。

彼が掌をどけると1対のシンプルな銀細工のピアスが置かれていた。

「お守りみたいなものさ。一つづつ身につけてないか?

…俺の自己満足かもしれないけど…それが俺にとってよりどころになると思うんだ。少なくともあんなクスリよりも」

『君がいる』と言う確かな想いが、俺を安心させてくれる。

「…うん」

ハルは頷いた。同時にほっと今までの気持ちが晴れていくのがわかる。

自分にとっての彼ほどではないかもしれないけれど、自分もほんの少しだけだとしても彼の支えに確かになっている。

「…ありがとう」

良かった。

ハルは呟いた。レイは軽く首を傾げる。

「何の事だ?」

「なんでもない」


03/11/06

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