「アネット!」

リヒターの叫びはもう届かない、時計塔の鐘が耳障りなほどに狂おしく鳴り響く。

 

 

時計塔の頂上までたどり着き、やっと恋人のアネットを見つけ駆け寄ろうとした矢先、彼女の頭上に突如として禍々しい巨大な髑髏が現れた。

骸骨から発せられた邪気瘴気はたちまちのうちにアネットを蝕んだ。

時計塔の鐘が重く鳴り響く中、アネットの白い透き通るような肌は青黒くくすみ、輝くようなブロンドからはつやが消え燃え盛る青白い焔のような色を宿す。

「リヒ、タ…ー…」

怯えた瞳で恋人の名を呼んだ声はもうアネットのものではない。骸の中からこだまするような響きに変わっていた。

異形のものに変わる恐怖に怯えていた瞳もやがて藍玉の輝きを失い、濁った。

巨大な髑髏の上に操り人形のように乗せられたアネットだったものはリヒターを睨みつけると不気味に口角を吊り上げる。

「アネット…!」

リヒターは無駄だとわかってもその名を口にした。アネットは悪霊に取り付かれた、それは間違いない。

邪気を寄せ付けないほどに強固だった彼女の意志も囚われた時間が長すぎた、疲弊したところをつけこまれたのだ。来るのが遅すぎたと今更後悔しても遅い。

この悪霊だけをアネットから取り払うなどという器用な事が出来るだろうか?失敗すればアネットを殺してしまう事になる。

リヒターは躊躇し、足を一歩後ろに踏み込んだ。からり、と小石が踵の辺りから転がり落ちる。

横目で小石の落ちた先をうかがう。迷っている暇はなさそうだ。ここは城の時計台の頂上、落ちたら到底怪我どころではすまない。

リヒターは歯を食いしばると鞭を手に取った。その様子を見た髑髏の中から声が響く。

「我が名はカミーラ、偉大なる呪術師。今は魂のみと成り果てたが、思いの外良い体が手に入った。恋人の手で安らかに死ぬが良い、リヒター・ベルモンド!」

カミーラはそう叫ぶと呪文を唱えた。髑髏の眼窩から飛び出した眼球がすぐさま炎を纏い、リヒターに襲い掛かる。

「ちっ!」

リヒターは軽く舌打ちをすると、くるりとバク転をし炎をかわす。

リヒターが鞭をしならせると、アネットに憑依したカミーラはいとも軽く髑髏を操り、リヒターの頭上を跳び越してかわす。

投げた短剣がアネットに当たり血が噴出すのを見るとリヒターは一瞬動揺する、次の瞬間、飛んできた眼球をすれすれでかわす。迷っている暇はない。

愛用の鞭、ヴァンパイアキラーを振り回し、眼球を退けると、リヒターは宙に舞い、再びアネットの細い体躯を打つ。

青黒くくすんだ皮膚が破け、血が噴出す。迷いを振り切るようにかぶりを振ってもう一撃、着地したところでカミーラの放った電撃を危うく浴びそうになり横へ跳ぶ。

降りた先、踵に石床の感触が無く、一瞬ヒヤリとした隙をカミーラは見逃さない、再び電撃を放つ。

「死ねッ!!」

鞭を振り、大時計の短針に絡めてぶら下がりかろうじてかわす。つう、と背中に冷たい汗が伝わった。

「はッ!」

短剣を投げて一瞬カミーラが引いた所へ再び跳躍して鞭を打ちつける、一進一退の攻防が続いた。

やがて、リヒターの鞭が骸を打ち砕く、今まで乗っていたアネットの身体がふわりと舞い上がり、どさりと力なく石床に落ちた。

続けてカラン、と石床に髑髏が落ちる。先ほどまでの人が乗れるほどの巨大な髑髏とは違う、魔力を吸って巨大化していたのに違いない。

これが恐らく呪術師カミーラの髑髏なのだろう。リヒターは鞭で勢いよくそれを打った。

小気味良い音が響き、髑髏が粉々に割れる。甘い、腐った果実のような毒気を僅かに残し、カミーラの悪霊は息絶えた。

リヒターはそれを確認すると急いでアネットに駆け寄った。

アネットの肌も髪も以前の美しさを取り戻している。しかしその身体には鮮血が飛び散り、肌には血の気が無い。

カミーラは短時間でひどくアネットの身体を蝕んでいた、カミーラの死がアネットの死に繋がるほどに。

リヒターは立て膝でアネットを抱き上げた。アネットの瞼が僅かに開き、藍玉の瞳が覗く。

「リヒター…」

一言、恋人の名を呼ぶと咳き込む、鼻腔や口から鮮血が飛ぶ。

リヒターは何も言えず、何も出来ない。彼女の背をさする事くらいしか。自分の無力さをここまで痛感したのは初めてだった。

アネットはリヒターに僅かに身をすり寄せた。そして囁く。

 

ありがとう。助けてくれて。

 

それだけ言うとアネットは静かに息を引き取った。

リヒターはアネットの亡骸をぎゅっと抱きしめ蹲った。

 

 

 

城主を失い、天からの光の中で粉微塵になって崩れ去る悪魔城を遠目から眺めながら、リヒターはアネットを想い、十字を切った。

宿命に従い、ヴァンパイアハンターとして伯爵を討ち取ったリヒターだったがその心は晴れなかった。

リヒターは馬に乗ると、もう一度悪魔城のあった岬に目をやった。

長い長い悪夢を振り払うようにリヒターは手綱を引き、馬を加速させた。

 

 


書いてるうちに死ぬほどリヒターが好きになってきた

04/12/24 

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